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空気が甘く匂う日は、「幸せ」がよく見える

空気が甘く匂う日は、「幸せ」がよく見える

2016.03.28 | 森下典子

幸せは、いつも近くにあるはずなのに、案外見えにくいものだ。忙しすぎたり、体調が悪かったり、家族と口喧嘩した日などは、全然見えない。けれど、時たま、ぽっかりと目の前に幸せが浮かんで見える日がある…。

 

あれは、私が大学生で弟は中学生、両親もまだ元気だった頃のことだ。

 

「この土日はお天気に恵まれ、桜も見ごろを迎えて、お花見に絶好の日よりでしょう」

 

そんな天気予報を聞いて、

 

「おい、これから花見に行かないか」

 

と、言い出したのは父だった。

 

地元・横浜の花見の名所と言えば、野毛山、大岡川、三ツ沢公園、三渓苑などが有名だが、もうお昼を過ぎている。私たちが向かったのは手近な場所だった。電車に乗って10分ほどの綱島。駅から歩いてすぐの鶴見川の土手を上ると、思わず、

 

「わぁ~、すごい!」

 

と、声が出た。桜並木が灰白色に煙って、空が白くかすんで見えた。花は満開をすぎ、舞う花びらで土手が真っ白くなっていた。

 

「雪が積もったみたい!」

 

舞い散る桜の土手を歩く気持ちは、スポットライトを浴びながら舞台の花道を行くように晴れがましく、ちょっと照れくさい。たぶん、土手を歩く誰もが同じような気持ちだったのだろう。向こうから犬を連れた家族がやってきたが、その人たちもどことなく照れくさそうで、すれ違った時、互いに何となく笑い、会釈して別れた。

 

一時間ほど土手を歩いたり、写真を撮ったりして、駅へ戻った。帰りの電車を待つホームで、

 

「今夜は、うちで何かうまいもの食べよう」

 

と、父が言い、母は

 

「はいはい、承知しましたよ」

 

と、笑った。

 

その日の夕方のわが家の空気を、私は今も覚えている。

 

どうということのない、ふつうの休日の夕方だったけれど…。

 

父はまだ外が明るいうちから風呂に入った。お湯がザバーッと溢れる音がして、

 

「はぁーっ、いい湯だ!」

 

と、気持ちよさそうに唸る父の声が、家じゅうに聞こえた。

 

父が風呂から上がると、続いて、私、弟と順番に入浴した。

 

台所では母が野菜をスタスタと刻んだり、卵をカカカカッとといたり、鍋にジャッ!と流しいれたりする音がして、居間では父がビールを一杯やりながら、テレビを見ている。

 

「ごはん、できたわよー」

 

母の声で、居間に行くと、煮物や魚に続いて、ちらし寿司が登場した。

 

錦糸卵をいっぱい散らし、菜の花で飾られたそのちらし寿司は、酢飯の甘酸っぱさも程よかった。

 

「うまいか?」

 

「そうか、うまいか。いっぱい食べなさい」

 

父は赤くなった顔で、何度も繰り返しながらビールを飲んだ。

 

快晴だった昼間の気がどこかに残り、いつまでも空が薄明るい。そして、週末の夜はまだ始まったばかりだった。

 

私は、ふと立って、庭に面した窓を開けた。どこか外の空気に甘い匂いがする。寒くもない。暑くもない。いよいよ春が始まるのだ…。

 

その時、薄明るい夕空に、はっきりと見えた。「幸せ」が…。それは目の前15cmくらいの宙に、シャボン玉のようにぽっかりと浮かんで、手を伸ばせばすぐにつかめそうだった。

 

その記憶のせいだろうか。私は今でも、晴れた日の昼下がりなどに、外を歩いていると、目の前に浮かんでいる幸せが見える…いや、きっと、雨の日も風の日も、いつも近くに浮かんでいるのだろう。けれど、晴れて空気が澄んだ日、とりわけ、空気が甘く匂う日には、それがよく見える。

― おとずれるたびに、いい発見。EPARK ―

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森下典子

森下典子

1956年、神奈川県生まれ。日本女子大学文学部国文学科卒業。「週刊朝日」の名物コラム「デキゴトロジー」のライターを経て、「典奴どすえ」でデビュー。主な著書は『日日是好日 お茶が教えてくれた15のしあわせ』(新潮文庫)、『いとしいたべもの』(文春文庫)、『前世への冒険』(光文社 知恵の森文庫、『猫といっしょにいるだけで』(新潮文庫)など。おいしさ さ・え・ら - カジワラ

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