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心を震わせてくれる一冊『夏の庭』

心を震わせてくれる一冊『夏の庭』

2017.08.19 | 森下典子

読書によって心を震わせた経験は、何ものにも代えがたい幸せだ。心の塵が洗い流されて、周りの景色が、雨上がりのように瑞々しく見える。人が成長するのは、きっとそういう時なのだろう。

 

私にもそういう読書体験が何度かある。今日はその中の一冊をご紹介したい。

 

それは約20年前、「息子の夏休みの課題図書だったけど、親の私が読んで感動した」と、友だちが教えてくれた。湯本香樹実さんの『夏の庭』(新潮文庫)である。

 

主人公は3人の少年。小学6年の夏休み、彼らは漠然とした「死」への恐怖と、「死んだ人を見たい」という子どもの好奇心から、町外れで一人暮らしをしているおじいさんを見張って、死ぬところを観察しようと思い立つ。しかし、いつの間にか、見張られるおじいさんと少年らの間に、世代を超えた友情が生まれ、少年たちはその家をたまり場に、おじいさんを囲んで過ごし、様々なことを教わる。

 

やがて、昔、おじいさんが戦争に行った体験や、別れてしまった奥さんの事を聞き、彼らはそれまでの子どもの人生にはなかった経験をし、忘れられない夏をすごす。

 

しかし、夏休み最後の週、サッカーの合宿から戻った3人を、おじいさんとの別れが待っていた…。

 

私はこの本を何回か読み返しているが、読むたびに、3人の少年と一緒に、もう一度「夏休み」を生きる。光の箱のように見える夏の庭。お化けや幽霊など、恐いものがいっぱいあったこと。誰かのために、何かしたくなる気持ち。親という、越えられない大人の世界の遠さ。わくわくする思い…。

 

この本を読む時、私は流れ落ちる涙を止められない。そして、読み終わった後、あたりの景色は輝き、心が新たになったのを感じる。

 

忘れられない一文がある。

 

「おじいさんのまくらもとには、遠くの火事に照らされる夜の空のような色をしたぶどうが四房、鉢に盛ってあった」

 

きっとおじいさんは、少年たちが帰って来たら一緒に食べようと思っていたのだろう。

 

そこには、「遠くの火事に照らされる夜の空のような色のぶどう」と書いてあるだけで、ぶどうの種類は書いていない。それなのに、初めて読んだ時、私の脳裏には、はっきり見えた。赤紫に熟れた、粒の大きな「ピオーネ」である。一粒一粒の皮が、うっすらと白い粉を帯び、曇りガラスのようにけむっていた

 

だけど、あれから幾度か『夏の庭』を読み返しているうちに、私の心の中のぶどうも変わってきた。今では、小粒の「デラウエア」が盛られているのが見える。

 

きっと読む人によって、そこには様々なぶどうが盛られるのだろう。

 

「遠くの火事に照らされる夜の空のような色のぶどう」

 

この一文に、あなたはどんなぶどうを見るだろう。

 

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― おとずれるたびに、いい発見。EPARK ―

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森下典子

森下典子

1956年、神奈川県生まれ。日本女子大学文学部国文学科卒業。「週刊朝日」の名物コラム「デキゴトロジー」のライターを経て、「典奴どすえ」でデビュー。主な著書は『日日是好日 お茶が教えてくれた15のしあわせ』(新潮文庫)、『いとしいたべもの』(文春文庫)、『前世への冒険』(光文社 知恵の森文庫、『猫といっしょにいるだけで』(新潮文庫)など。おいしさ さ・え・ら - カジワラ

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