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足元に咲く野の花の美しさ

足元に咲く野の花の美しさ

2017.07.24 | 森下典子

夏の初めのこの時期、道を歩いていると、あちこちで花が目に飛び込んで来る。空き地の鬱蒼とした茂みには、甘い香りのスイカズラや白いセンニンソウ。道端には、青いツユクサや、ピンクのイヌタデ、白い十字のドクダミ、夕暮れの土手には黄色いオオマチヨイグサ……。

 

それらは実に可憐で愛らしい花なのに、足を止めて眺めてくれる人もなく、それどころか「雑草」呼ばわりされ、邪魔にされ、いづれ刈り取られる運命にある。

 

ある日、空地の金網に、ヒルガオが巻き付いて咲いているのを見た。淡いピンク色の花が風に優しく揺れ、蔓から伸びた捩れた蕾が、明日には咲こうとしていた。

 

私はそのヒルガオの清楚な美しさに惹かれ、家の窓辺に飾りたいと思った。金網に巻き付いた蔓や蕾をそっと解き、長い茎を引き抜いて家に持ち帰ると、すぐ洗い桶に水を張って、その中でヒルガオの細い茎を水切りしながら、

 

「素敵に活けるから、頑張って水を吸ってね」

 

と、花に声をかけた……。

 

押し入れの中に、ちょうど手ごろな籠があった。竹製で手付きである。その手付きの竹籠の中に、水を入れた小さなペットボトルを仕込み、ヒルガオを活けた。生け花の心得などない。「私流」である。クルクルと捻じれた蔓は籠の手に巻き付け、朝日の当たる窓辺に置いて、

 

「きれいな花を咲かせてね」

 

と、また声をかけた。

 

声は魔法だ。これは、猫と家族になって知ったことだ。猫には言葉が通じる。「言葉」はわからないとしても「思い」は確かに通じる。花も猫も、同じ生きもの。通じないわけはない。

 

翌日、窓辺でヒルガオがきれいに咲いているのを見て、思わず「わぁ~、かわいい!」と、声をかけずにいられなかった。昨日咲いた花はしぼんで足元に落ちていたが、蕾が見事に開いたのだ。そして、その翌日には、次の蕾が咲いてくれた。

 

時々、籠から解いて茎を水切りしてあげると、花はそれに応えて、一つ残らず蕾を開いた。けなげに咲くヒルガオを見て、野の花がこんなにも愛おしいことに感動した。そして、ささやかな野の花があるだけで、部屋の中に、野の気配がやってくることにも驚いた。

 

私たちは「花は、花屋で買うもの」だと思って暮らしている。けれど、足元の小さな野の花の美しさに気付くと、世界観が変わる。花屋で売っているのは、花のほんの一部にすぎないのだ。むしろ、花の多くは、おカネで買うことができない。なぜなら、それらは、いつも足元にあるからだ。しかも無料(タダ)で!そして、それは気付いた人にだけ見える。

 

そう思いながら、河原や土手や空き地を歩いてみると、実は、自分が「花園」の中で生きていることに気付く。とりわけ、春の芽吹きの頃、そして梅雨時の雨の中、紅葉のシーズン、私は、

 

「この世は美しい!」

 

と、感嘆せずにいられない。私たちは、何と美しい場所にいるのだろう!

― おとずれるたびに、いい発見。EPARK ―

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森下典子

森下典子

1956年、神奈川県生まれ。日本女子大学文学部国文学科卒業。「週刊朝日」の名物コラム「デキゴトロジー」のライターを経て、「典奴どすえ」でデビュー。主な著書は『日日是好日 お茶が教えてくれた15のしあわせ』(新潮文庫)、『いとしいたべもの』(文春文庫)、『前世への冒険』(光文社 知恵の森文庫、『猫といっしょにいるだけで』(新潮文庫)など。おいしさ さ・え・ら - カジワラ

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