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ノビルの味は、春の味

ノビルの味は、春の味

2017.02.08 | 森下典子

私の母は、東北の山間地で生まれ育った。冬は長く、雪も深い。そういう場所で暮らす人にとって「フキノトウ」は、待ち焦がれた「春」そのものなのだという。

 

雪解けが始まるころ、畑の畦などに、フキノトウの浅黄色の蕾が頭を出す。

 

「学校帰りに、『バッケだ!』って、駆け寄ってね。雪の上に腹ばいになって眺めたものよ。匂いを嗅がずにいられないの」

 

母の故郷では、フキノトウを「バッケ」と呼ぶ。母の家では、バッケ以外にも、タラの芽、こごみ、うるいなどを、天ぷらにして食べたそうだ。

 

「春の野草って、アクがあって、ちょっと苦いのよ。でも、何とも言えない甘~い香りがするの。あれが春の味よ」

 

 母は、うっとりとした表情を見せるが、雪の降らない横浜で育った私にとって、その味は、想像上のものでしかない。けれど、私にも春を感じる野草はある。

 

「ノビル」である。その葉はニラのようにスイーッと細く、地中の根っこに、小さな玉ねぎのような鱗茎がある。そして、ネギや行者ニンニクのようにツーンとくる匂いがある。

 

「これ、食べられるんだよ。お父さんのビールのおつまみになるの」

 

と、教えてくれたのは、琴ちゃんだ。小学3年の休み時間、琴ちゃんは校庭の隅の草地で、

 

「葉っぱをまっすぐ上に引っぱるの。葉っぱがちぎれると根っこが取れないから気を付けて」

 

と、ノビルの抜き方のコツを教えてくれた。50年以上たった今でも、私はノビルを摘む時、琴ちゃんから教えられた通り、葉っぱの元をしっかりつかんで、地下にある根っこごと、じわじわ引き上げる。

 

細かい根がブチブチと切れるのを感じたら、うまく抜けるサインだ。周りの土が緩んで盛り上がり、ズボッ!と、小さな玉ネギのような根っこが引き抜ける。

 

ノビル摘みは楽しい。地中の根っこの感触に集中し、次から次へと抜いていると夢中になって、時のたつのも忘れてしまう。

 

ザルがいっぱいになるほど摘んだノビルは、きれいに泥を洗い流し、鱗茎の部分以外の根っこ、汚れた葉などを取る。あとは、熱湯で軽く茹でて酢味噌で「ぬた」にすると、おかずの一品になる。

 

だけど、春の野草らしさを一番ストレートに味わうなら、私は、小さな玉の部分に味噌をつけて、そのままガリッと齧るのがおすすめだ。

 

ガツン!と、脳天に刺さるような辛みが、冬の間、何となく籠りがちだった心と体を刺激して、春に向け押し出してくれるのを感じる。

 

そういえば、冬眠から覚めた熊が最初に食べるのはフキノトウだと聞いたことがある。熊は、体を目覚めさせ、春モードにしてくれる食べ物を知っているのだろう。

 

春の野草にはアクがある。そのアクがほろ苦い。母が懐かしがる「春の味」とは、アクの味のことなのかもしれない。

― おとずれるたびに、いい発見。EPARK ―

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森下典子

森下典子

1956年、神奈川県生まれ。日本女子大学文学部国文学科卒業。「週刊朝日」の名物コラム「デキゴトロジー」のライターを経て、「典奴どすえ」でデビュー。主な著書は『日日是好日 お茶が教えてくれた15のしあわせ』(新潮文庫)、『いとしいたべもの』(文春文庫)、『前世への冒険』(光文社 知恵の森文庫、『猫といっしょにいるだけで』(新潮文庫)など。おいしさ さ・え・ら - カジワラ

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