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正月のあとの小さな幸せ

正月のあとの小さな幸せ

2017.01.06 | 森下典子

わが家では、お正月の門松やしめ飾りを1月6日の晩に下ろし、片付けている。

 

一般的には1月7日に片付ける地方が多いと聞いているけれど、私が幼いころから母は6日の晩に門松やしめ飾りを下ろし、新聞紙に包んで捨てる準備をしながら、いつもこんなことを呟いていた。

 

「『7日の風に当てるな』って、おばあちゃんが言うからね」

 

幼いころは意味がわからないまま聞いていたけれど、大人になってから私は、祖母のこの「7日の風に当てるな」という言葉が好きになった。昔の人のユーモアやゆとりを感じるからだ。

 

これはたぶん、1月6日のうちに片付けろという意味ではなく、松の内が過ぎてもいつまでも正月飾りを飾りっぱなしにしておくのはいけない。さっさと片付けなさい、という戒めなのだろう。

 

祖母のちょっとオーバーな戒めを、生真面目な母は文字通りに受け止めた。そして、本当に6日の晩のうちに正月飾りを片付け、それをそのまま何十年間も守り続けてきたのだ。その母も今や84歳の高齢になり、5年前からは、代わって私が正月飾りを片付けるようになった。せっかくなので、私も文字通り、1月6日に片付けている。

 

正月の供え物と言えば、もう一つ、鏡餅がある。

 

鏡餅は、1月11日の「鏡開き」あたりまで供えておくものらしいが、うちではこれもついでに「7日の風に当てるな」で、6日のうちに各部屋に供えた鏡餅を下げ、台所に集めてしまう。

 

こうして1月7日から、わが家は日常を取り戻すのである。

 

台所に下げた鏡餅は、数日はそのまま放ってあるが、折からの乾燥で、やがて餅の表面がおばあちゃんの踵みたいにひび割れてくる。母はそれを玄関先へ持ち出して、コンクリートのたたきの上で木槌で叩いて細かく割る。そして、大きな中華鍋にたっぷりの油を熱し、細かく割った鏡餅のかけらを「ジャーッ!」と、盛大に揚げるのである。

 

目を閉じれば今でも、激しく騒ぎたつ油の中で、しだいにこんがりとキツネ色になっていく揚げ餅の色や、プーっとふくらむ様子が瞼に浮かぶ。

 

母は揚がった餅を網ですくって紙の上に広げ、まだ熱いうちに上から醤油をまわしかけた。揚げたての餅に、醤油が染みる。そのうまそうな色…。そして、こんがりとした揚げ餅の香りに、醤油の匂いが混じり合って、もう胃がキューンと鳴くほどおいしそうだ。

 

「おやつよ。食べなさい」

 

母に言われて、揚げ餅の最初の一口を、ふうふう吹きながら、私は正月のあとの幸せをしみじみと味わった。

― おとずれるたびに、いい発見。EPARK ―

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森下典子

森下典子

1956年、神奈川県生まれ。日本女子大学文学部国文学科卒業。「週刊朝日」の名物コラム「デキゴトロジー」のライターを経て、「典奴どすえ」でデビュー。主な著書は『日日是好日 お茶が教えてくれた15のしあわせ』(新潮文庫)、『いとしいたべもの』(文春文庫)、『前世への冒険』(光文社 知恵の森文庫、『猫といっしょにいるだけで』(新潮文庫)など。おいしさ さ・え・ら - カジワラ

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