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思い出す、クリスマスケーキの幸せ

思い出す、クリスマスケーキの幸せ

2016.11.30 | 森下典子

子ども時代、私は12月も半ばをすぎると、心が浮き立った。

 

「あと○日でクリスマスだね」

 

12月25日は、学校の二学期の終業式の日で、その翌日から冬休みが始まる。その解放感とクリスマスの賑わいが重なって、私はうれしくて仕方がなかった。

 

デパートや商店街はクリスマスツリーで飾られ、モールや豆電球が輝いて、どこへ行ってもロマンチックなクリスマスソングが流れている。私は(一年中クリスマスだったら、どんなに幸せだろう)と、思った。

 

わが家のクリスマスの定番料理は、魚焼きグリルでこんがり焼いた骨付き鶏もも肉か、あるいは、当時流行っていた「ハウスシチュー」だった。母と弟と三人で食事を始めていると、少し遅れて父が会社から帰ってくる。

 

「おう~い、クリスマスケーキを買ってきたぞ~!」

 

と、父は片手に持った丸い発泡スチロールの入れ物をかざす。それを見ると、私も弟も玄関に走った。

 

今では1年中いつでもケーキを食べることができるけれど、あの時代、日本の一般家庭ではまだ、ケーキは特別な日に食べるものだった。とりわけ、切り分けていないホールのままのケーキを食べる日と言ったら、誕生日かクリスマスと決まっていた。

 

丸い発泡スチロールの入れ物を開けると、中は、表面にクリームやチョコレートを塗り、飾りたてたデコレーションケーキである。ケーキの上には、クリームがうねり、砂糖漬けの真っ赤なチェリーや仁丹みたいな銀色の粒々が散りばめられ、決まりもののロウソクのサンタクロース、ビニール製のヒイラギ、雪の積もったチョコレートの家、そして、「Merry Xmas」と英語を書いたチョコレートのプレートなどが賑々しく乗っていた。

 

サンタクロースのロウソクに火をともし、部屋の灯りを消すと、暗闇にデコレーションケーキがぼうっと浮かび、私はその美しさにうっとりと蕩けた。

 

乾杯はサイダーだった。シャンパンなんて知らなかったけれど、とにかくシュワシュワと泡のたつ飲み物で乾杯するのが洒落ていると思っていた。

 

「メリークリスマス!」

 

「おめでとう!」

 

と、家族で言い合い、それからケーキにナイフを入れ、弟と、チョコレートの家とプレートのどちらを取るかで争ったりしながら食べた。

 

だけど、実際のところ、あの頃のクリスマスケーキはおいしくなかった。切り分けた断面を見ると、中身の台は、スポンジにアンズのジャムを塗ってサンドしたもので、食べると、そのスポンジはひどくバサバサしていた。ケーキを飾るクリームはバタークリームで、舌触りが固く、食べた後、舌にワックスのような脂のようなものが、いつまでもしつこく残った。

 

それでも、あの頃、私たちにとって、クリスマスケーキは、幸せの象徴だったのだ。

 

そして、クリスマスケーキには、もう一つ楽しみがあった。それは、発泡スチロールの入れ物の中に入っていたドライアイスである。

 

私と弟は、台所からどんぶり鉢を持ってきて、その中にドライアイスを入れ、水を入れた。プクプクと泡が立ち、もくもくと白い霧のようなものが立ち上って、それがどんぶりからあふれ出し、雲海のように見える。これが何とも不思議で幻想的で、わくわくした。(そのせいだろうか、私は今でも、結婚披露宴などでドライアイスの雲海を見ると、心が浮き立つ)

 

私と弟は、クリスマスの夜、ドライアイスが小さくなるまで、飽きることなく雲海を眺めて過ごした。そして、すっかり溶けて霧が出なくなると、そろそろクリスマスもお開きだった。

 

翌朝、台所の皿の上には、必ず食べ残しのケーキのバサバサのスポンジが残っていた。それでも、うちでは毎年家族でクリスマスケーキを囲み、それは私に恋人ができて、外でクリスマスを過ごすようになった19歳の年まで続いた。

― おとずれるたびに、いい発見。EPARK ―

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森下典子

森下典子

1956年、神奈川県生まれ。日本女子大学文学部国文学科卒業。「週刊朝日」の名物コラム「デキゴトロジー」のライターを経て、「典奴どすえ」でデビュー。主な著書は『日日是好日 お茶が教えてくれた15のしあわせ』(新潮文庫)、『いとしいたべもの』(文春文庫)、『前世への冒険』(光文社 知恵の森文庫、『猫といっしょにいるだけで』(新潮文庫)など。おいしさ さ・え・ら - カジワラ

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